寄居中町猩々山車 タイトル ご挨拶ページはこちら 歴史ページはこちら 修復の記録ページはこちら 神田囃子の伝承ページはこちら 祭典風景ページはこちら
160年の時遡る大修復

荒川は秩父山塊に源を発し、険しい峡谷を下り秩父盆地を横切り寄居町へ達します。寄居町は埼玉県北西部荒川扇状地の扇頂に位置し、
川はここより広大な関東平野へ注ぐことになります。この地は秩父往還街道筋の宿場町として、また天然の要害鉢形城の城下町として古くから栄えました。
古くから近世にかけての寄居地域は、武蔵国榛沢郡、男衾郡、一部秩父郡に属していましたが、
明治22年(1889)の町村制施行に伴い近隣村と合併し寄居町として発足、昭和30年(1955)更に近隣村との合併を重ね現在に至っております。

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中町猩々山車の歴史を紐解く

中町の猩々山車の来歴については、書類等による記録もなく口伝により受け継がれてきた。
42年前までは山車蔵もなく、祭礼の都度山車を解体保管されていたことから、幸い幕、彫刻及び高欄を収める木箱が保存されていた。
平成29年(2017)10月に山車蔵内を調査したところ、彫刻及び高欄を収める木箱にも重要な記載が遺されていたので、
これら木箱に記載されている内容を基に中町猩々山車の来歴を紐解いてみたい。

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匠の技で蘇る往年の輝き

長年の巡行や経年劣化により、全体的にぐらつきやひび割れ部分が多く存在し、安全な運行が不安視されていた。
また、漆塗りの剥離や化粧金物の一部紛失、さらに全体的な汚れもあり、老朽化が目立つ状態であった。
平成30年度文化芸術振興費補助金(文化遺産総合活用推進事業)により全体的な修復を施したので、その記録をここに残す。

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宗像神社秋季例大祭と神田囃子
神田囃子の伝承

寄居町で伝承されてきた和太鼓の神田囃子は、昔から宗像神社秋季例大祭で巡行する山車や寄居玉淀水天宮祭で遊覧する舟山車で演奏され、 お祭りの賑わいに一役買ってきました。

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祭典風景

宗像神社例大祭は春と秋に行われ、春季例大祭は4月3日に、寄居秋祭りこと秋季例大祭は11月第1日曜とその前日の土曜に行われます。春季例大祭は、神社にて祭典が催行され、秋季例大祭は、神社より仮宮へ向け出御された鳳輦を供奉する形で、氏子各町7台の山車・笠鉾が華やかに寄居の町を巡行します。

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